2014年11月19日水曜日

エッセイ2 その角を曲がるのが、好きになった。

 日常は、ある日ある時、突然、思いもかけないタイミングで、いとも簡単に変わってしまう。

 全くの不意打ちで、驚きと戸惑いを味わう間もないから、その分、その瞬間に感じたものが雑味なく現れる。その後、時間の経過とともに、だんだん様々な味わいが加算されていく。不思議なもので、そのような変化との出会いは、こちらが期待している時には、あまり起こらない。あくまでも、予想外の、いわば、そんなことは全く忘れて油断している時に、絶妙なスパイスを利かせて、あっと思わせるのだから、本当にかなわないなあと思ってしまう。

 その出会いのせいで、それまでの平穏な日常が壊れ、一生知らずにいたかったと思う辛いことも、たまにあるけれど、それよりは、その出会いのおかげで、その後の人生が豊かになることの方が多いはずと思うことにしている。その方が、楽しい時間が増えるから。

 人が何気なく言った言葉や、映画や写真で見たワンシーンが、自分を変えていく。それまで知らなかったこと、気づかなかったこと、わからなかったことが、するりと自分の中に滑り込んできて、もう、それまでの私ではなくなる。その時から、また一つ新しい自分になって、その後の時間の密度が高くなる。

 
 その瞬間も、また、突然だった。

 定刻に仕事を終え、いつものように車に乗り、ドアを閉めて、エンジンをかける。最近暗くなるのが早くなり、ライトを付けるという作業が一つ増えたこと以外、することは昨日と同じ。夕方のラッシュで、道路には車が長い列を作る。その列の中に組み込まれると、ほとんど慣性とも言えるほどの状態で、車を運転している私がいる。前の車の赤いランプに反応して、私の右足がほぼ自動的にブレーキを踏む。信号が変わって、周りの車が動き出すと、ゆっくりと私の車も進む。仕事の後、疲れた身体は意識的にエネルギーを節約するのだろうか。頭の中では、冷蔵庫の中に何があったかな、などと夕食の献立をぼんやり考えるくらいで、特に熱心な思考はしていなかった。いつもの信号で止まり、いつもの横断歩道の前でスピードを緩め、いつもの角を曲がる。

 私の日常が変わる瞬間が、そこで私を待っていた。

 その角を曲がると、片側3車線の国道に入る。南へ一直線に伸びる大きな通りに沿って、両側に大きなビルがぎっしりと並び、街路灯と電柱と電線が無機質な線の画を形成する。近くに空港があるので、その上をよく飛行機が通過する。車のフロントガラス越しに見える空は、周囲のビルと道路に切り取られてますます狭い。いつもと変わらない風景、の、はずだったのに。

 そこに、月があった。きれいな満月だった。ビルとビルの間に。私の目の前に。

 ああ、やられた、と、思った。ここで来たか。いやあ、油断してたよ、ホント。

 月があるだけで、ただ、ひとつの白く光る物体が付け加えられただけで、それまでの無機質の世界が一変した。月は、いつも通り、自然の摂理に従って、その時その場所に現れただけなのに、私には特別な瞬間になった。その月が、私を驚かすのに成功したことを喜んでいるように感じられ、目の前の景色が一気に温かくなった。私は笑顔になっている自分に気が付いた。つまり、さっきまでは面白くない表情をしていたのだろう。というか、何も感じようとしていなかったのだ。

 月を見上げながら、自然は本当にすごいなあと実感。それまでの風景を無機質と思っていたのは、自分の心が無機質になっていたから。月は何も言わないけれど、ただそこにあるだけだけど、楽々と人の心を変えてしまう。自然に背筋が伸びて、いつもの渋滞も苦になるどころか、ちょっと嬉しいほど。ほんわかした気持ちで、月をずっと見ていた。もちろん、安全運転で。

 その月を見たのは私だけではないから、きっと、私の他にも、ちょっとテンションアップした人がいたはず。私たちの日常は、変わった。いつもの角を、いつもの通りに曲がった時に。それから、その角を曲がるのが、好きになった。